天皇陛下は国家元首なのか?

2020/09/01 - 乃万 暢敏 - ブログ記事

令和元年(2019)5月1日に皇太子殿下が即位され、第126代の天皇となられた。令和元年は「皇室イヤー」となり、即位礼が盛大に開催され、多くの国民も新しい時代を迎え、大きな喜びを共有された事だろう。しかし、明けての令和2年は、新型コロナウイルス感染という、正に国家の根底を揺るがす時代に突入した。これは「有事」と言っても過言ではない。

令和2年、天皇家にとっても「その時代、時代に即した皇室の有り様を模索し始める」ことを考えながら、多くの行幸啓も予定されていたはずである。両陛下の訪英も突然の中止となり、雅子皇后陛下も胸を張って、皇室外交が果たすべき役割を担う、そうした期待に心を躍らせていらっしゃった事と拝察申し上げる。誠に残念なことだ。

さて、本日のブログは別の角度から日本の元首について、述べてみたいと思う。弊社の傘下にある「マンツーマン学習指導会・グレイススタディケア」においても、たまに生徒から「日本の国家元首は誰なんですか?」との質問を受けることがある。この問いはあまりに深く、未だ正答を得ていない。

1947年(昭和22年)5月3日に公布された、現在の日本国憲法には、日本国の元首について明確に表現された条文はない。また憲法下における各種法律等にも記載は見当たらない。

1947年(昭和22年)5月2日まで効力を保持していた、大日本帝国憲法には、日本の元首について明確に規定されている。第4条「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」するとあり、日本国の国家元首は、天皇と規定されていた。ではなぜ現憲法に、元首に関する記述がないのであろうか?

内閣の説明によると「元首の定義による」として、天皇は「かつての元首ではない」ものの「国家を代表する」ところがあり、定義いかんによっては元首と呼んでも「さしつかえがない」と述べるにとどまっている。

一方で、現憲法下においての国家元首については様々な見解があるが、総じて次の3点に分かれよう。

    1. 象徴天皇を元首とする説
    2. 実質的機能を重視し内閣ないしその首長たる内閣総理大臣を元首とする説
    3. 元首は不在とする説

 

私見であるが、象徴天皇を元首と考えることが、最も自然な成り行きなのではないだろうか。一例をあげると、日本国には世界各国(国交がある国)が大使館、領事館を置き、特命全権大使(公使)を派遣している。特命全権大使は自国の元首からの信任状を派遣先の元首に提出し、その承認を受けることが必要である。これを「信任状奉呈式」と呼ぶ。

私が在京リトアニア大使館に勤めた時に、特命全権大使が着任した。着任したからといって、すぐに大使としての活動を公に始めることはできない。活動を始めるためには、信任状の奉呈が必要である。これがまず時間がかかる。大国ならば直ぐに奉呈できるが、小国はかなり待たされることが多いようである。本国からも「信任状の奉呈はまだか?」と矢のような催促である。私も何度も外務省と連絡をとり、永田町にも赴いてお願いして回った経験がある。

話は脱線するが、この「信任状奉呈式」だが、東京駅を出発して、宮殿南車寄まで車列を組む。その際の移動手段として、自動車か儀装馬車を選ぶことができるが、ほとんどの国の大使は馬車を希望する。本年はコロナ禍のため、自動車に限られている。今年奉呈を行う大使は、少しがっかりしていることだろう。

偽装馬車の車列には、皇宮警察による騎馬警護が行われるが、なかなか優雅であり、美しいものである。

本題に話を戻すが、私は日本国の国家元首は、天皇だと認識している。世界各国はそれぞれの進むべき道は異なるが、それらが国交を持つことによって外交が機能する。世界慣例として、特命全権大使を派遣するために、派遣元の国家元首から派遣先の国家元首に対して書かれる「信任状」があり、派遣先の元首がこれを受けて、初めて大使として派遣先の国での活動が出来る。この信任状は、必ず天皇陛下に奉呈することが定められている。天皇の国事行為の中、日本国憲法、第7条第9号において、外国の大使及び公使を接受すること(=信任状捧呈式の挙行)が定められている。この点から考えると、日本の国家元首は天皇陛下であると、私は思っている。