皇族の名前の構成とお印

2020/09/07 - 乃万 暢敏 - ブログ記事

皇族の名前は、それぞれ「称号」+「諱」(いみな)+「身位」+「敬称」で成り立っている。今上陛下の場合、皇太子になる(立太子)までは、浩宮(称号)徳仁(諱)親王(身位)殿下(敬称)、すなわち「浩宮徳仁親王殿下」とお呼びするのが正式である。しかし男系男子でかつ皇位継承者になると、「出世魚」のように、呼び方が変わってくる。父親である皇太子殿下が天皇に即位されると同時に「皇太子徳仁親王殿下」と呼ばれるようになる。

学習院初等科から高等科までは、出席名簿がある。当然氏名が記載されている。また、大学では出席表や文学部史学科共同研究室や図書館で、書庫から本を借りる時には氏名を記入する。筆者は「はて、殿下はどの様に書かれているのか?」と思ったが、出席名簿やご自身で記入されるときは「徳仁親王」と記されていた。そういう点では、学習院はやはり代々皇族が在籍しているので、手慣れたものである。

「称号」=浩宮、これを「宮号」と勘違いされている方もおられるが、まったく別物である。例えば、秋篠宮皇嗣殿下の場合を見ると、礼宮(称号)文人(諱)親王(身位)殿下(敬称)で、秋篠宮家を創設されるまでは、「礼宮文人親王殿下」とお呼びしていた。現在は「秋篠宮」家を創設され、そのご当主である。これが、宮号である。

上皇陛下と美智子さまの間には、3人のお子さまがいらっしゃる。下々の者に例えると、(長男)浩宮、(次男)礼宮、(長女)紀宮の3方がいらっしゃる。筆者が学習院初等科生だったころは、ご両親である上皇、上皇后両陛下は、今上陛下を「ナル」、皇嗣殿下のことは「アーヤ」、黒田清子さんは「サーヤ」と呼ばれていた。今上陛下がご兄弟のことを筆者にお話される時も、「アーヤ」「サーヤ」とお呼びになっていた。なぜ陛下のみが諱から「ナル」と呼ばれていたのかよく解らないが、ひょっとすると、やはりご長男でおられること、皇位継承順も高いので、そう呼ばれていたのかもしれない。

筆者は、今上陛下のことを中等科までは「宮様」とお呼びしていた。さすがに高等科からは「殿下」とお呼びし、これはご即位まで変わらなかった。平成31年4月30日までは「殿下」、翌日の令和元年5月1日からは「陛下」とお呼びしなければならない。正直なところ、頭では分かっているつもりだったが、直ぐに「殿下」とお呼びしてしまう。なにせ、1975年(昭和50年)から2019年(平成31年)の44年間も「殿下」とお呼びし続けたのであるから、無理もなかろう。と失礼も顧みず、勝手に納得していた。さすがに今は「陛下」とお呼びすることに慣れた。

さて皇族方にはお名前の他に「お印」というものがある。簡単に言えば、持ち物などが、自分のものと人の物とを区別するシンボルマークのようなものである。親王、内親王、王、女王の場合は命名の儀において決まり、内親王と女王をのぞく親王妃、王妃の場合は皇族男子との結婚時に定められることになっている。

陛下のお印は「梓」、皇后陛下は「ハマナス」である。たいていは植物の名前から取られるが、そうでないものもあるらしい。単に「ことば」自体がシンボルとなることもある。雅子さまのお印はハマナスで優雅であるし、上皇后美智子さまは「白樺」である。いかにも軽井沢らしい木の名前である。ところが、陛下のお印である「梓」は響きも神聖さもあるが、あまり図案化できない。筆者は直ぐに「梓弓」を連想させてしまう。ご成婚前には、音楽の集まりやスポーツの集まりなどに「梓」を冠したものが多かった。「梓管弦楽団」や「梓スポーツ倶楽部」などである。